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塾長ブログ.....思いつくまま そのままに。
期末テスト
今日は特別授業です、中学生がみんな集まって熱心にテスト対策授業に集中しています。
それは...塾長が勝手に生徒を呼んで勝手に授業をやっているからです。
勝手にやる授業なので基本的には自由参加ですが、やはりテスト直前となると勉強が嫌いな子たちも喜んでやって来ます。
そして真剣に学習していきます。
授業料無料で補講をやるその心は......
何よりテストで1点でも多くの点数を獲って欲しいから、
そしてたくさんの子どもの笑顔が見たいから
お父さん・お母さんの喜ぶ顔も見たいから......なのです。
(早稲田育英ゼミナール 読売ランド教室)
2015年9月 5日 17:47




「 東京オリンピック 」
ここ最近、いろいろな話題を提供してくれている2020年オリンピックですが、待ち望んだ東京オリンピックです。
たくさんの人たちに応援してもらえる みんなのオリンピックであってほしいと思います。
近代オリンピックの提唱者 クーベルタン男爵は「参加することに意義がある」と解いていましたが、その心は
「オリンピックの理想は人間を作ること、つまり参加までの過程が大事であり、オリンピックに参加することは人と付き合うこと、すなわち世界平和の意味を含んでいる」との考えであると、何かの文献で読んだことがあります。
勤勉な日本人はどこへ行ってしまったのでしょう。
クーベルタンに言われるまでもなく、第1回東京オリンピックのエンブレムに顕されているような、真面目な日本人を象徴する明快で素晴らしいオリンピック・パラリンピックが主催できる事を願っています。
(早稲田育英ゼミナール 読売ランド教室)
2015年9月 2日 22:33




頑張れ ! 川崎市の中3生 !
当教室は、神奈川全県模試の指定準会場ですので、在籍生だけでなく外部生も今日の受験に参加してくれています。
まだこの時期 志望校を絞りきれていない生徒も多いと思いますが、夏期講習でどれだけ真剣に頑張ったかの成果が期待される模試であり、そして今回のデータを基に第一志望を絞り込んでいく大事な模試でもあります。
中3生は夏休み前に部活を引退し受験勉強に集中して行くのが一般的ですが、川崎市の場合 秋の市総体まで3年生は部活から抜けられず、勉強と部活を両立させる生活を送っています。
そんな訳でまだまだ受験生モードに入り切れていない生徒がいるのも実情です。

運悪く(運よく…?)市の駅伝大会の選手に選ばれてしまった日にゃあ(言葉が悪いですね、失礼)10月まで練習に明け暮れる毎日となる訳で、高校入試を甘く見てしまう生徒も出て来ます。
同じ県立高校を目指す県内の受験生として部活というハンデを背負っている川崎市立中学生です。
それぞれの運動部担当の先生のお考えで弾力的な運用を行っている部もあるようですが、それにしても全ての子供達が将来の職業としてスポーツ選手を選ぶ事もないでしょうし、それ程職業アスリートを目指すことは甘くもない筈です。
他ではあまり耳にしない「3年生の秋まで部活」システムに疑問を感じます。
参加選択の自由を与えて上げて欲しいものです。(自由にしても目に見えぬプレッシャーを与えてはダメですが)
学力レベルを上げる努力をし、出来るだけ選べる高校の選択肢を広げてあげたい、下をみるのではなく上を目指させたい、希望する高校に合格させて上げたいと願う思いで生徒をお預かりしている立場の塾の人間としては、何とも複雑な思いでいっぱいです。
なんにしても市立中学校の生徒が高校を目指すには、『受験』という壁が大きく立ちはだかっているわけで、何としてもこれを打ち破ぶらない限り将来はありません。
今日の模試の結果に一喜一憂するもよし(まだ今なら)、今からギアをシフトアップして床が抜けるくらいアクセルを目いっぱい踏んでいけば、まだまだ大丈夫 !!
ガンバレ ! 川崎の中3生 !!
(早稲田育英ゼミナール 読売ランド教室)
2015年8月23日 16:30




「 必要悪 」 a necessary evil
鹿児島県の九州電力川内原発が再稼動を始めたと言う話題が、今日の新聞やテレビのニュースのトップで報じられています。
東北大震災以降、原発のあり方について各方面から賛否いろいろな意見が論じられています。原発は本当に必要なのか ??
私は原子力関連の専門家でもありませんので、原子力発電について知ったかぶりの意見を言うつもりはありませんが、率直な意見を書きたいと思います。
低コスト・安定供給が一番のセールスポイントであった原子力発電、果たして本当にそうだったのか…。
運転中の原発が作り出す電気の単純な生産原価は、火力発電等とは比べ物にならないほど安いのでしょう(過去のいろいろな記事によると)。
いろいろな当てにならない試算はありますが、何年もかかって廃炉にし解体し核廃棄物の最終処理に何十年或いは何百年かかるか分からない状況の中、次の世代またその次の世代までそれを最後まで管理するコストを考えると莫大な費用がかかるのではないでしょうか。
そしてコストのこと以前に人体に及ぼすまだまだ未知なる影響を代々の負の遺産として残してしまうわけです。
原子力の理論、そしてその活用法(平和的な)を考え出した人は偉大である事は確かですが、しかし最後の結末まで考えが及ばなかったのでしょうか。
核反応で地球上に存在しなかったものまで作り出してしまっておいて、後の始末が出来ないなんて……はっきり言って、人間は人間が自分でコントロール出来ない物に手を出してしまったと言わざるを得ないでしょう。
何とかなるだろうの意識で、自分で制御することの出来ないものに手を出してしまったら、大怪我をするに決まってるんです。
しかし、遠い昔に比べ生活の価値観が変わった現在、大量の電気(電力)は普通に暮らす上で欠くことの出来ない存在です。
我々が消費する電力も一昔前と比較にならないくらい増加しているのも事実です。
地球全体の温暖化等の環境問題と国内の電力コスト、そしていつかは枯渇する石油資源の問題から、ある時点でのベストの答えが原子力発電だった事も事実でしょう。
その事を責めても仕方ありませんが、今にして思うと…。
いろいろな問題を抱える原発は無い方がいい、いつかは原発0(ゼロ)が望ましいと私も思っています。しかし、原発が一基も動いていない今(川内原発は再稼動となりましたが、発電を開始するのはまだです)弊害が起きている現実もあります。
現時点では“原発”は「必要悪」なのです。
今の時点でただただ原発に反対するのではなく、自然に配慮した“代替エネルギー”の確立までの暫しの辛抱と考え、出来る限りの安全対策を講じて使うしかないと私は思います。
風力発電なのか、地熱発電なのか、はたまた思いもよらない自然エネルギーの活用なのか…ともかく原発に代わる代替エネルギーありきです。
再稼動ありきではなく、代替エネルギーありき、原発はそれまでの繋ぎエネルギーなのです。
“ いつまで使う ” の期限を区切る必要、大有りです。
いつ出来るか分からない物に期限など設定できない….そんな事はありません。
地球温暖化対策の京都議定書にも期限と目標数値があるじゃないですか(アメリカは批准してませんが)
もっと以前で言うと、自動車の排ガス規制。
マスキー法が最初だったと思いますが、いつまでに基準を達成できない自動車(エンジン)は、作ることも売ることも出来ないという法律をぶち上げたじゃないですか。
当時の自動車メーカー(特にアメリカへの輸出が拡大していた日本のメーカー)は、この法案に屈せず見事に基準を達成しました。
ある年ごとの厳しい数値への基準値の引き上げにも完全に対応できました。
当時は各メーカーとも頭を悩ませ、中には後に駄目エンジンと言われるような物も造ってしまいましたが、期限を押し付けられても苦難を乗り越え成功させて来た実績があるのです。
日本人のあるいは世界中の優秀な頭脳を集結させれば、低コストでクリーンで有望なモデルの開発が必ず出来ると私は確信しています。
原発素人の勝手な言い分にお付き合いありがとうございました。
(早稲田育英ゼミナール 読売ランド教室)
2015年8月11日 23:51




パソコン・ケイタイの功罪と国語力、そしてコミュニケーション
しかし人間の方がこれについて行けない事態がしばしば起きます、特に私の場合ですが。
先日書いたブログですが、あとで読み返して誤字に気が付きあわてて修正しました。
“安倍総理”と記すべきところを“阿部総理”と変換し文章化したまま完全にスルーしていたのです。
一国の総理大臣に対し、お名前を間違えるなど大変失礼なブログですが、自分では安倍総理と書いたつもりで文章を終わらせていました。
非常に便利な変換機能ですが、これなど完全に人間の方が置いてけぼりをくっている感じです。(私だけかも知れませんが…。)この例はまだいい方で、“先読み変換機能”これは特に気をつけないといけません。
語句の先頭の文字の一部を入力するだけで、語句全体を変換してしまう機能。
急いで文章を打っている時など、うっかり十分に確認せずどんどん打っていくと、全然意味の通じないとんでもない文章が出来上がっている時があります。
全てにおいて注意深く常にチェックしながら入力していけば済むことではありますが、便利になったが故にそれを過信してしまって、結果として機械に使われている感があるのは私だけでしょうか。
そして一番気になるのが…。
漢字の変換は、その漢字の意味するところが分かっていて初めて文章を書く時に使える機能であると言うこと。
最近、元の“漢字”が分からず“感じ”或いは雰囲気で変換してしまっている文章(特にメールの内容)に出くわすことが度々です。
漢字の文化を有する日本人として、意味のある正しい文章で相手にちゃんと自身の意思を伝えなければ…と最近強く思っています。
少し話しは変わりますが、世間では最近「国語」という教科があまり重要視されていないような気がします。
中3生は別ですが、塾で受ける授業は“英語”“数学”をとる子がほとんどです。
“国語”も大事なんだけどなぁ…。
数学も大事ですし英語も大事です。
英語は喋るところから始める訳ですが、国語(日本語)は喋れちゃうからあまり気にしてないのかなぁ。
でも英語の文法を学ぶのであれば、国語の文法もちゃんと学んで欲しいと思います。
今キチンと理解しておかなければいけない事がたくさんあります。
例えば以前ブログでも書きましたが、「敬語」の使い方。
いま普通に使えるようにしておかないと、大学に進んでしまうと専門に特化した勉強になってしまい国語関連の学科以外では教えてはもらえません。
ましてや社会に出てしまってからでは教えても貰えないし、逆に正確に使えないと仕事にも支障をきたしてしまうでしょう。
こんな事を言ってしまったら国語の先生に怒られてしまいますが、尊敬語・謙譲語・丁寧語なんて面倒な区分より自然に人前で普通に話せる敬語を身に付けておくのは、中学生・高校生の今しかないのです。
そして相手にちゃんと伝わる会話、そして自分の意思が正確に伝わる文章が書ける事。
長い文章もちゃんと理解出来、相手の話す事もちゃんと理解出来ること。
これはとても大事です。
いま学校では“作文”を書く・学ぶ・指導する時間がないと聞きます。
ゆとり教育で総授業時間数が減らされ、5年前の学習指導要領の改訂で学習すべき内容ボリュームが増加して教科書も厚くなり、学校の先生も指導すべき事が増えて大変なご苦労かとも思いますが…。
日本人全体が国語力の低下に陥っているような気がしてなりません。
国語力が低下すると、「あいさつがきちんと出来ない」「話し手の喋っている内容が理解できない」「日常的に使える語彙が少ない」「単語を並べるようにしか話せない」などコミュニケーション能力が不十分になります。
そして、コミュニケーション能力が低下すると、自分の感情をうまく言葉で表現出来ずにもどかしさを感じ、最近では「むかつく」「キレる」に直結してしまっています。
このごろはいい大人でも「返事ができない」・「挨拶を返せない」・「ありがとうが言えない」人がなんと多いことか。
そんな時代のなか当教室では、国語力の育成に力を入れています。
例えば作文添削講座により、とにかく書いてみる、自分の思いを表現してみる、相手に伝わる言葉を考え出す…そんな指導もしています。
これは入試制度改革により記述問題の割合が増えた神奈川県の公立高校入試対策にも通じるものでもあります。
そして何よりも教科別の指導だけでなく、あいさつ・礼儀・みんなに迷惑を掛けない行動….自分がされて気持ち良い行いを推進し、自分がされて嫌なことをしない事。

塾長・講師全員が積極的に生徒と会話し、コミュニケーション・意思の疎通を取ることを重要視し、生徒たちが社会に出た時、立派な自立できる大人になって欲しいという思いで毎日子どもたちと接しています。
それは指導なんておこがましい行為ではなく、何気なく普通に解かっていって欲しいと思って日々生徒たちと楽しくやっている行動です。
(早稲田育英ゼミナール 読売ランド教室)
2015年7月31日 17:26

























